2009/07/01

Tao apPle Pie

ブラウザ三国志。

今回も懲りずにまたブショー紹介ダス。






張飛

蜀の五虎将がひとり、燕人・張飛(ちょうひ)だ~。
ついに張飛が来た!
いやそんなに嬉しくはない……と思いつつ、やっぱりちょっと嬉しい。
しかしコイツも関兄ぃも性格に難があるところが、昔からイマイチ好きになれなくて。
どうも日本人気質ってやつなのか、ボクは謙虚な人間の方が立派と思ってしまう節があるので、五虎大将軍(関張馬黄趙)の中では趙雲、次いで馬超が好きなのよね。
とは言え、「演義」の中は張飛は偽善者や堅物の義兄たちと違い、愛嬌があって人間臭いところは悪くない。
まあ誰もが知ってるちょー有名人なので、特に書く事もなし。

このゲームの張飛さんも旧来のイメージどおりの外見をしてらっしゃる。
攻撃力は275もあり、現在実装されてるカードの中では4位だけど、他の武将とはレアリティが違うから、実質1番目か2番目高い数字だと思う。
例えば関羽はUCで攻撃270、Rで攻撃285。
張飛はCで攻撃275もあるから、関羽より上なのは確か。
ただ曹操と比べると、どっちが高いかわからない。
UC曹操は攻撃300あるので、C曹操があるなら攻撃280ぐらいかも

ちなみに現在の攻撃力ランクのトップはなぜか公孫瓚さん。
R武将とはいえ攻撃315は高すぎじゃないか。
開発陣はどんだけ~白馬義従好きなんだよって話。
まあここらへんは作品によって評価が違って面白いとも言えるけど、関羽より強い公孫瓚さんさんには、ちょっと違和感を感じちゃうね。

張飛の話に戻ると、兵科は蜀系武将の基本「槍兵」で、スキルは「豪傑LV1」。
ここらへんも名指揮官というより、一騎当千の猛将という張飛のイメージそのまんま。
知力が意外と4もあります。
張飛より馬鹿扱いされる方々に同情せざるを得ません。

知力1の沙摩柯、郭汜。
知力2の孫翊、牛輔、李傕。
知力3の黄祖、祝融。

まあこのゲームの知力には魅力、人望の要素も多少含まれてるかもね。






さて……、さきほど引いた張飛さんを隣の☆1個の領地へと賊討伐に向かわせました。
すると、どうでしょう。張飛さん初陣で大手柄。
なんとBPを100も持って帰ってきてくれました!
ランダムでBP100をゲトれるという風の噂は耳にしていましたが、まさか本当に貰えるなんて。

早速、張飛さんが得たBPを使ってブショーダスを引いたダス。



ダブル張飛

とりあえず、このSSを見て欲しい。
これは別に張飛の画像を2つ横に並べたとかじゃなくて、我が軍のデッキ外の武将を撮ったもので無加工です。



あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

『おれは引いたばかり張飛を☆1に突っ込ませると
BP100持ってきやがったので再度ブショーダスを回したら
いつのまにか張飛が二人になっていた』

な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

ネオジオンのクローン技術だとか 乱数のいたずらだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…




この張飛ーズ、どうっすかなー。
知力高い武将に合成させて「奇計百出」覚えさせるか…
張飛同士をフュージョンさせて「豪傑」スキルLV2にするか…
はたまたトレード(という名のオークション)で売っぱらうか…

うん、とりあえずはベンチに座らせて、飼い殺しにしておこう。






張魯

五斗米道の教祖・張魯(ちょうろ)様。
またまた「張」姓が来た。
張魯も以前引いたことあるなと思ってたら、リセット前の話でした。

張魯は道教組織「五斗米道」の教祖サマ。
この宗教は信者から五斗(約10リットル)の米をお布施させていたので、そう呼ばれるように。
元々は益州(蜀)に拠点を置く組織だったのだけど、やがて漢中郡で独立を果たす事になる。
そのいきさつを少々説明しよう。

巫術師(いわゆるシャーマン)の張魯ママは美しい容姿の持ち主で色気があり、益州牧として赴任してきた劉焉さんに気に入られ、たびたびその屋敷に訪れるような関係だった。
そしてその息子という事で張魯さんは劉焉から督義司馬(武官長)に抜擢され、漢中攻略を命令される。

当時の蜀地域の宗教分布として、張衡(張魯パパ)が亡くなり、五斗米道の勢力が弱まっていたところで、張脩という男の鬼道(同じくシャーマニズム系)組織が台頭していた。
張魯さんはこの張脩と共に漢中攻略を命じられたわけだけど、張脩を殺してその軍勢を奪ってしまう。
ライバル関係(?)の宗教のリーダー同士を組ませて、同じ任務を与えた劉焉さんは少々オツムが弱い気もする。
まあ競わせたかったのかも知れないし、こうなるように張魯さんとママが仕組んだのかも知れない。

そうして張魯さんは一人で漢中を攻略する事に成功し、その後漢中で独立。
独立した一介の君主というよりも、漢中を小さな宗教国家にしようと頑張っていた張魯さん。
郡(現代日本いえば県)の名前も「漢中」から「漢寧」へと改名した。
益州の劉焉も、配下の張魯さんの独立をよくは思わなかったが、同盟相手のようなカタチでその後も割と友好な関係が続いた。
だが劉焉さんが死に、そのバカ息子の劉障が益州牧を継ぐと、張魯さんは段々とその命令を聞かなくなった為に、益州にいた張魯ママや弟たちは見せしめに殺されてしまい、その関係は完全に冷え込んだ。

宗教国家というとちょっと嫌なイメージもあるけど、この張魯さんは善政を敷いていたなかなかの名君だったようで、呪術的な儀式で病気を治したり、貧民たちには無料で食料を配ったりしていた。
そうして郡民からの支持を得て(民忠100状態)、独立したある種の宗教国家として栄えていた五斗米道に対して、朝廷から正式に漢寧太守のお墨付きを貰ったりもしたので、周辺の君主からも攻撃されずに済む。
名君・張魯さんのエピソードとして、漢中で民が発掘した王印(王様のハンコ)を献上され、漢寧王を名乗るように薦められたけど、軍師の閻圃から、
「漢寧は民もぎょーさんおるし、土地も肥えてて、ホンマにええとこや。
今のままでも十分やっていけてます。せやから王さんを名乗んのだけはアカン!
悪いこと起きまっせ。教祖はん、叩かれまっせ」
と言われたために思いとどまっている。
玉璽(皇帝のハンコ)を手に入れ、皇帝を自称した為に滅びた某・袁さんとは大違いですね。

そんな張魯さんの独立国家体制にも、終焉の時は近づいていた。
奴だ! 奴が来たんだ! 後漢のシャアこと曹操だ!
アンタッチャブルな存在だと思われていた漢寧(漢中)だったけど、孫権と劉備の抵抗によって時代は三国鼎立へと進もうとしていた。
長安方面を指揮していた魏の鍾繇は、「要所の漢中を抑えるべき」と張魯さん討伐を計画。

しかしこの時は、涼州一派の馬超や韓遂たちが曹操に対して反乱を起こしたので、張魯さんは攻撃されずに済む。
「張魯がやられたら、次、俺たちも絶対やられるっぺよー」とは、馬超たちの言い分。
結果は暗黒軍師・賈詡の離間の計によって馬超と韓遂は仲間割れし、敗北。
曹操の元にいた馬超の父・馬騰や馬一族は息子の挙兵のせいで皆殺しにされる。
その後、曹操の復讐に燃える馬超は一時期、利害の一致する張魯さんの元に身を寄せるが、やがて劉備が益州を乗っ取ると、そちらへ鞍替え。

そして215年、その時歴史が動いた。
今度は邪魔する者もいなくなり、曹操は大軍を率いて漢中攻略に乗り出す。
張魯さんは降伏しようと思っていたが、弟の張衛は反対して、独断で軍勢を率いて曹操軍と戦う。
張衛側の守りは予想外に硬く、曹軍は多くの死傷者を出し、兵糧も残り少なくなった為に、曹操は全軍に撤退を指示。
しかし撤退中の曹軍の高祚隊が、夜中に誤って張衛の陣営に迷い込んでしまった。
曹操が撤退すると思って手薄だった張衛の陣営は大慌て。
高祚隊は人数が少なく、味方を呼ぶ為にタイコを激しく叩いた為に、これを夜襲だと思った張衛軍は一気に混乱に陥る。
この騒動に目をつけたのが、曹軍の殿役を務めていた参謀・劉曄。
劉曄は撤退を止め、再び攻撃するように曹操に進言し、曹操軍は引き返してくる。
そうしてパニックの張衛側は敗北し、張衛は捕まり、斬首されてしまった。

張魯さんは弟が敗れたと聞くと、今度こそ降伏しようとするが、軍師の閻圃が、
「戦わずに降伏すんのはアホのするこっちゃ。相手に軽ー見られんで!
 それより抵抗するフリしてから降伏した方がナンボかええ。
 その方が評価も高なるさかいな(ニヤリ)」
と進言したので、降伏はせずに巴中に後退する事に。
あ、閻圃がエセ関西弁キャラなのはボクの意訳です。

巴中に引き篭もる際、張魯さんは財宝を焼き払わずに固く封をして立ち去った為に、これを見つけた曹操は感心して、張魯さんは丁重に迎え入れられる。
降伏を許された張魯さんと閻圃さんのナイスコンビは、その後も魏で侯に取り立てられ、幸せな一生を過ごしたとさ。
賢明な人間たちは殺されずに済むという典型的なお話でした。

さて、独立国家を夢見て、志半ばで曹操の軍門に降った張魯さん。
しかし彼(創始者は張魯の祖父)と五斗米道の教えは後の世にも生き続けることに。
五斗米道は道教系の宗教なんだけど、天師道、正一教と名を変え、中国の特に南部で盛んになった時期もあった。
道教がまず何かわからないって…?
大雑把にいうと、キョンシーの道士とか神仙思想(不老不死、仙人)とかああいう系。
そして誕生から1900年近く経った今でも、正一教は存在してます。

中国版wikipediaには、代々の天師(教祖)の名前が1代目から64代目まで載ってるから、歴史ってやっぱり面白い。
去年、64代目が亡くなってから後継者が天師を継いだ話を聞かないんだけど、どうなったんだろ?
ちなみに張魯さんは3代目。

長文、駄文を書いてしまったけど、最後にブラさんでの張魯さんの事を。
見た目はちょっと賢そうだし、言われてみれば道士風かも知れない。
まあ戦闘は史実同様に、攻防とも期待できず。
いちおう兵科が歩兵じゃなく「弓兵」な分、マシだけど。
知力は11と文官系武将の中では、ちょい低めかな(12が平均ぐらい)。
スキルは五斗"米"道だけにやっぱり「食料知識LV1」でした。






程普 2枚目

「鉄脊蛇矛」の使い手、程普(ていふ)。
以前に出た事があるので、二身合体に使おうと思う。

ちなみに孫呉の礎を築いた古参武将たち4人を「孫堅四天王(旗本四天王)」と呼ぶ場合がある。

・程普、黄蓋、韓当、祖茂(程普が筆頭の基本バージョン)
・程普、黄蓋、韓当、朱治(程普が筆頭。祖茂の代わりに朱治)
・黄蓋、韓当、朱治、祖茂(程普は別格。黄蓋or韓当が筆頭。朱治追加)

まあ蜀の五虎大将や魏の五将軍と同じように後世に作られた呼び名なんで、諸説あるらしい。
中でも朱治は孫堅に付き従う旗本のイメージじゃないだけに、一般的に外される事が多い。
とにかく程・韓・黄・朱・祖の5人衆は偉大って事で(じゃあ5人選べば良かったじゃん、とかは言わないの)。






沙摩柯 2枚目

「鉄疾黎骨朶」の使い手、沙摩柯(しゃまか)。
欲しい時はなかなか出ないのに、一度でも引くとまたすぐに来る、そんな沙摩柯様。
コスト1.5武将ほとんど合成に使って消えちゃったので、SMKは取って置こうと思う。






文聘 3枚目

荊州が誇る名将・文聘(ぶんぺい)。
これでもう3枚目だよ、文聘さん…
なのに詳しい紹介してもらってないよ、文聘さん…

最近この顔を見てると、なんか若き日の波平に見えてきて仕方がない。
波平といえば磯野家の家系図とか面白いな。




家系図1



家系図2


ちなみにブンペイペーイという言葉を流行らせたのはボクです、すみません。






郭汜 2枚目

「怖いぜ 怖すぎるぜ 悪い奴~」の弟分の方の郭汜(かくし)。
前回に続いてまたも出たよ!
しかもこれでブショーダス4回連続かぶっちゃってるし。
βとはいえ、五十数種類のカードがあるんだから、もうちょっと他の武将が出ないもんかね。






李傕 3枚目

「怖いぜ 怖すぎるぜ 悪い奴~」の兄貴分の方の李傕(りかく)。
郭汜の次が李傕って何だよ!
しかも李傕さん、これで3枚目だし。

これはアレか?
悪逆軍団を作れっていう天の命か?
董卓とか李儒とか早く実装してください。

郭汜、李傕と順番で出るのも気に入らないな。
李傕、郭汜ならリカクシって言えたのに。

目隠し! リカクシ! タクシン! みたいな。

リカク&カクシ! リカコ&アツロウ! みたいな。

悪なんていらねえよ、夏。





日本における三国志の歴史、を調べてみた。

とか言うとなんか高尚な気がするけど、要は「三国志」への入り口がどこらへんだったかという事。
これは世代とか興味持った時期によって個人差あるから、一概に何が良いとか悪いとか言えないね。
だいたい有名な作品を挙げるとこんな感じか。

  1. 吉川 三国志(小説) 1939年 - 1940年
  2. 横山 三国志(マンガ) 1971年 - 1986年
  3. 秘本三国志(小説) 1974年 - 1976年
  4. 人形劇三国志(TV) 1982年 - 1984年
  5. 光栄三國志(ゲーム) 1985年 - 現 在
  6. 蒼天航路(マンガ) 1994年 - 2005年
  7. 北方 三国志(小説) 1996年 - 1998年
  8. 真・三國無双(ゲーム) 2000年 - 現 在
  9. 宮城谷 三国志(小説) 2004年 - 現 在
  10. 三国志大戦(ゲーム) 2005年 - 現 在
  11. レッドクリフ(映画) 2008年 - 2009年

ちなみにボクは小学生の頃にFC版の三國志1を友達のおうちでやったのが、ハマったきっかけでした。
それより以前からNHK人形劇の再放送を見てた気もするけど、ここらへんの記憶はアイマイミーマイン。